井戸ポンプ
私の記憶は、たぶん3才前後から始まっている。
父が支店を任されて(銀行とかじゃなく、ちっぽけなお店です)引っ越してきた風景だ。
原っぱの隣にポツンとたつ平屋が、店舗兼自宅だった。
頭上には、○○支店と書かれた大きな看板があり、木枠のついた全面ガラス戸でカギは棒のついた、グルグル回すやつだった。
夕方になるとカーテンを引いて、夜遅くなると雨戸をしめて寝ていたと思う。
ガラス戸の内側には、自転車が数台おける土間があった。
靴を脱いで釘で打ち付けた広い板の間にあがれば、ミシミシと音がした。
時々浮いてくる釘に靴下を引っ掛けると、金づちでトントンと打ち付けた。
そこが仕事場であり、その先ガラス戸1枚で仕切られた向こうが、私の家の居住スペースだった。
8畳ほどの茶の間だった。
そこで食事をし、夜になればちゃぶ台をたたんで布団を敷いて家族4人で並んで寝た。
その茶の間の奥には、扉があった。
扉の向こうにある小さな階段を降り廊下を1mほど歩くと、そこはもう裏の住人の玄関の内側だった。私の家と裏の家がつながっている、とても奇妙な造りだった。
庭先には手押しの井戸ポンプがあり、まだ冷蔵庫のない時代はポンプの水でスイカを冷やした。とにかく井戸の水は冷たかった。夏になるとその冷たい水で顔を洗い、手を洗うことで涼をとった。結構長い間、井戸を利用していたがいつから使わなくなったのか覚えていない。だんだん飲んじゃいけない方向になってきたんだと思う。